ド・スタールは、なぜパリで自殺した?

絵画の物語

美しい絵 #2 ニコラ・ド・スタール

真実

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《ド・スタール追い求めたもの

ニコラ・ド・スタールの描く空は、他のどの画家の描く空とも違っている。

なぜなら、私たちは、その空が具体的な空なのか、あるいは抽象的な空なのかを明確に判別することができないからだ。

果たして、それは本当の空なのか?それとも、ただ絵の具を塗りたくっただけの、よくある抽象画なのか?

私たちには判断できない。しかし、このことがド・スタールを特別な画家にしていることは確かだ。

ド・スタールの描く空が、このような曖昧な空になってしまったことは決して偶然などではない。

彼は、彼なりの方法で、彼が追い求めたもの・・・・・・・に近づこうとしていただけなのだ。

《具体的で抽象的な空》

ニコラ・ド・スタールは、抽象と具象は対立するものではなく、共存するものだと考えた。

ド・スタールのこの考えは、現実世界においてはかなり的を得ているはずだ。なぜなら、私たちは現実を感覚的に捉えるからだ。私たちにとって、現実とは抽象と具象の融合物なのだ。

例えば、私たちが過去の現実を思い返すとき、頭の中に浮かぶのはぼんやりと輪郭を失った世界だ。そう、それらは輪郭を失ってしまっているのである。

人の顔は、絵の具の上に水を零してしまったようにぼやけ、看板の文字などにはもやがかかっている。

記憶の中で、具象は、抽象的な空気感に包まれた状態で私たちの前に姿を現わす。

これまでの画家は大きく二分されてきた。一方は、現実を空気感を含めて描写することを諦め写実主義に徹底し、また一方は、空気感を描写するためにリアリズムを捨て、抽象主義に走った。

しかし、ド・スタールはそのどちらでもなかった。彼は、抽象と具象を、針に糸を通すほどの繊細なバランスで両立させたのだ。

彼は空を描いた。それは実際の空のようにも見えるし、あるいはただの絵の具の塊のようにも見える。その空は、具象的な空でありながらも、空気感を包含した感覚的な空でもあった。

《永遠の不在、現在の寵愛》

ド・スタールは、ロシアの貴族の家系に生まれた。彼の父はロシア帝国陸軍の将軍であり、その地位は高かった。

そのため、当然ながら彼はかなり裕福な環境で幼少期を過ごした。これ以上何を望むのだろうか。望むものはすべて手に入れることができたのだろう。

しかし、平穏は続かなかった。1917年にロシア革命が起こった。混乱を逃れるため、ド・スタール一家は現リトアニアのヴィリニュスへと亡命した。

そして父は、亡命による精神的な問題から1921年に他界。さらにその翌年、母親も追うようにして他界した。ド・スタールは、そのときまだ8歳だった。

こうして、彼が幼い頃に手にしていた絶頂は、いともあっけなく崩れた。わずか3年の間に、ロシア貴族の寵愛された子供から、哀れな孤児となったのだ。

この経験は、後の彼の人生にかなり大きな影響をもたらした。彼の画家としての初期に見られる、モノクロの重い作風は、この経験が影響していると考えられている。

この経験が彼をどのように変えたのか?

成長した彼は、永遠が存在しないことを知っていたのだ。美しいものはいずれ朽ち果て、平穏は戦争によって破壊され、人間はいずれ死ぬ。

しかし、それでも彼は諦めなかった。彼は、サッカー選手のなびくカラフルなユニフォームに、青い空に、美しい海に、女性の裸体に光を見出した。たとえ、それらのすべてがいずれ消え去るものであったとしても。

だから、彼はその瞬間を最大限に愛でた。いずれ失われる運命にあるのであれば、未来の分もすべてこの瞬間に託すしかないのだ。

彼のその姿勢は、まさに今を生き、毎朝を愛で、感謝を忘れず、祈りを捧げる信仰者に他ならない。彼は、誰よりもその光を、その瞬間に手にしたいと思った。

彼の描くものは、すべてその瞬間のみに生きている。その場所の、その瞬間にしか存在しない。

彼は光の画家だ。彼の描く絵からは、いかに彼が、その瞬間に最大限の輝きを見せる光を愛おしく感じていたのかを感じることができるはずだ。

《光、ド・スタールの光、私たちの光》

ド・スタールの絵を見ていると、絵画を見る上で最も大切なことを思い出す。すなわち、私たちがどのように感じるか、だ。

ド・スタールが世界に対して向けていた姿勢を、今私たちは受け止めなければならない。私たちは今、彼の絵から何かを感じるはずだ。

なぜなら、ド・スタールが光に対して、今というこの瞬間に対して抱いていた深い愛情が、今の私たちには欠けているからだ。

私はこう感じた。ド・スタールの描く光は、目の見えなくなった老人がどのようにして世界を見るのかについて教えてくれている、と。

あることを悟っている老人が、残されたわずかな視力をもって見る世界を。

一体、この老人に世界はどのように映っているのだろうか?

もはや、彼にとって遠くの人々の顔を識別することはできない。小鳥の動きを目で追うことはできないし、葉の一枚一枚の踊りを楽しむことはできない。

だが、それらが抜け落ちてぽっかりと空いた隙間は、自然と残されたものたちによって埋められる。

彼は、今では小鳥のさえずりの微妙な変化に気づくことができるし、葉のざわめきを、葉と葉が擦れ合う音でより直観的に感じることができる。

彼は、この世界をどのような感情で包み込むだろうか?

同じ命を生きる者に対する慈しみか、親しみか。あるいは、哀れみか。

ド・スタールの描く空は、風景は、なぜ私たちをこのような気持ちにさせるのだろうか。

それは恐らく、彼自身が、最もそれを感じながら絵を描いていたからだろう。

亡くなった両親に、あっけなく崩れ去った平穏に、戦争でくすんだ空に、孤児となった自分自身に。

そして彼は、光を見る。

光は、あらゆるものを優しく包み込んでいたのだ。そのことに、この瞬間まで気づくことができなかった。

光が包み込むものを見ることができなくなった今、残されたのは光だけだ。

光をできる限りのことをして愛そう。

♢♢

1955年、ド・スタールはパリにて自殺した。彼は、本当の光を見ることができたのだろうか。

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