世界のお騒がせ現代アーティスト・バンクシーが2015年に期間限定で発表した「ディズマランド」。夢の国ディズニーランドをオマージュしたテーマパークに隠された意味とは何か。バンクシーが現代社会に残したメッセージとは何なのか。「ディズマランド」の内側を見ながら、考察していく。
バンクシーの「ディズマランド」
イギリスを拠点として活動をし、未だにその素性が明かされていない謎多き現代アーティスト・バンクシー。
彼の生み出す作品は、どれも現代社会に対する皮肉や風刺がテーマとなっている。その類稀なる才能とは裏腹に過激な行動で世界を騒がせることが多いものの、メッセージ性の強い作品を生み出すバンクシーには多くの熱狂的なファンが存在する。
「赤い風船に手を伸ばす少女」(2002年)や「花束を投げる男」(2003年)が代表作であるバンクシーが2015年に発表した作品が、「ディズマランド」である。

「ディズマランド」は、イギリスのウェストン・スーパー・メアの海辺にあるリゾートプールを改造して制作された期間限定のプロジェクト・アートである。
この作品は、その名からわかる通りディズニーランドをオマージュしており、実際に来場可能なテーマパークのようなつくりとなっている。
しかし、実際には「ディズマランド」はゲストを楽しませる愉快な夢の国とは程遠い。以下で、「ディズマランド」の中の様子を見学してみよう。
ディズマランドへようこそ!
入口のセキュリティ

まず最初に、「ディズマランド」に入場するためにはセキュリティのチェックを受けなければいけない。
しかし、なんとこの入場ゲートや周りの物はすべて段ボールで作られている。実際のディズニーランドの入場ゲートの安全性が、まるで段ボールで作られたように低いことを示唆したいのだろうか。
さらに驚きなのが、このセキュリティの態度である。入場者を意味もなく回転させたり、睨みつけたり、ケチをつけたりと、このセキュリティはただ単に入場者をけなすためにだけに設置されているのである。
“夢の国”に来たと勘違いしている「ディズマランド」の入場者たちは、入り口でその幻想を打ち砕かれることになるのだ。
メリーゴーランド

「ディズマランド」では、ディズニーランドにあるようなメリーゴーランドを楽しむことができる。
しかし、もちろんただのメリーゴーランドではないと想像することは容易いだろう。ご覧の通り、ナイフを持った白髪の食肉作業員が「LASAGNE」という文字が書かれた段ボールの上に座っている。
この「LASAGNE」という文字は、“100%牛肉”と謳われて販売されていた冷凍ラザニアに馬肉が混入していたという事件を風刺している。
また、メリーゴーランドの天井から吊るされている木馬もこの事件を象徴している。
メリーゴーランドの“幻想”上の馬に乗ることで非現実的な感覚を味わいに来たのにもかかわらず、来場者は“現実”の馬をめぐる問題に向き合う羽目になるのだ。
転覆したかぼちゃの馬車とシンデレラ

続いては、かの有名なかぼちゃの馬車とシンデレラである。なお、馬車は転覆しシンデレラはすでに息絶えているが。
この悲惨な光景を一心不乱に写真に収めようとしているのが、大量のパパラッチである。
これは、1997年にダイアナ妃がパリで起こった交通事故によってこの世を去った事件をオマージュとしている。
パパラッチの過度な行動は長年の問題となっている。現代においても、歌手や俳優、アイドルなどに対するパパラッチによるプライバシー侵害や安全問題、心理的ストレスはもはや公然の社会問題である。
当のダイアナ妃も、皇太子妃という立場に加えてその端麗な容姿から、生前は常にパパラッチに悩まされていた。また事故発生の直前もパパラッチがダイアナ妃を乗せた車を追走しており、事故直後にはまさにバンクシーの作品のようにパパラッチがこぞってダイアナ妃の遺体の写真を撮影していたとされる。
非人道的な行いによって当事者の心を蝕む一方で、大きな経済的利益を上げるパパラッチ。バンクシーのシンデレラからは、このようなパパラッチに対する批判的姿勢が汲み取れる。
歪んだアリエル

さて、シンデレラ城の目の前にある湖に佇むのは、ディズニーランドの大人気キャラクター・アリエルであるが、何だか様子がおかしい。
“夢の国”とは正反対の「ディズマランド」のアリエルは、まるで“蜃気楼”のようにぐにゃぐにゃに歪んでしまっている。
かわいらしい見た目をしたアリエルを期待して訪れた入場者たちはさぞかしがっかりすることだろうが、一体なぜこのアリエルはこのように歪んでいるのか。
この歪んだアリエルについては、以下で改めて考察することにする。
マイク・ロスの「Big Rig Jig」

(Photo by Jim Dyson/Getty Images)
「ディズマランド」には、実はいくつかの現代アート作品が展示されている。そのうちの一つが、マイク・ロスの「Big Rig Jig」(2007年)である。
「Big Rig Jig」は、アメリカ出身の現代アーティストであるマイク・ロスが2007年に発表した作品で、二台の湾曲したトレーラートラックが交差している。
トレーラートラックは、消費社会における物流に欠かせない商品運搬手段である。消費社会の発達は、人々の生活水準の向上や経済成長の促進に大きく貢献することになった一方で、大量の廃棄物発生による環境への負担増加も引き起こしてしまった。
マイク・ロスは、消費社会の象徴であるトレーラートラックを“再利用”することによって、大量の廃棄物発生に対して警鐘を鳴らし、私たちがより資源の再利用に努めなければいけないことを伝えようとしているのである。
歪んだアリエルは“蜃気楼”
歪んだアリエルが意味するものとは何だろうか。
アリエルといえば、ディズニー映画「リトルマーメイド」(1989年)のヒロインであり、数多くのディズニープリンセスの中でも上位を争うほどの人気キャラクターである。
そんなアリエルを見て、人々は何を思うだろうか。かわいらしい見た目や綺麗な赤色の髪、透き通った青色の瞳や美しい歌声を羨ましいと感じるに違いない。
それに比べて、自分たちはどうだろうか。アリエルのような綺麗な赤色の髪を持っていなければ、瞳は透き通った青色をしていないし、アリエルのように上手に歌を歌うこともできない。
人々は、完璧なアリエルの姿を自分たちの「理想像」とする。しかし、当然ながらアリエルはあくまでも想像上のキャラクターであり、実際にアリエルのようになることなど到底不可能である。ただそれでも、人々はアリエルを現実に生きる彼らの理想的な姿と崇めることで、現実世界の自分たちから目を背けることに成功している。
「ディズマランド」の歪んだアリエルは、このような「アリエルの過度な理想像化」に警鐘を鳴らしているように感じられる。人々の理想像であるアリエルを歪ませることによって、アリエルはあくまでも幻想に過ぎず、現実とはかけ離れた姿を人々に見せる「蜃気楼」に過ぎないことを表し、さらに人々に現実世界と向き合うことを促すのである。
ディズマランドと現代社会
ここまで、「ディズマランド」の内部に潜むバンクシーのメッセージを読み解いてきたが、そもそもこの「ディズマランド」が意味することとは何なのだろうか。なぜ、バンクシーはディズニーランドをオマージュする必要があったのだろうか。これに対する考察として、以下の二つが挙げられる。
一つ目は、現実逃避に対する警鐘である。先述した通り、歪んだアリエルは人々がアリエルを過度に理想像化し、現実世界から逃避していることを示唆したものであった。同様に、ディズニーランドそのものもまた人々の現実逃避先として考えることができる。バンクシーは、現実世界と向き合うことで得られる喜びや幸せを人々に取り戻してほしかったのではないだろうか。

二つ目は、資本主義に対する批判である。ディズニーランドを運営するウォルト・ディズニー・カンパニーは、利益を出すことを目的とした株式会社である。表面上では、来場者を楽しませる“夢の国”を謳っているが、実際には入場料やグッズ・食べ物の収益で利益を上げることが根底にある。「ディズマランド」からは、このような利益追求が最優先である資本主義へのバンクシーの揶揄が汲み取れる。
また、このようなテーマパークの建設や運営には多くの資源やエネルギーを消費する。近年ますます環境問題が叫ばれている中で、環境が利益追求の犠牲となっていることに対する危惧も読み取れる。
一見ディズニーランドを馬鹿にしているようにも見える「ディズマランド」。しかし実際には、バンクシーはこの作品を通して現代のエンターテイメント産業の負の側面を人々に再認識させたかったのではないだろうか。
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